太もも二の腕脂肪吸引日記

水の森美容外科での太もも臀部含む及び二の腕の脂肪吸引の記録、備忘録、日記、短編小説、などなど。

星の昇る島(2)

「あなたが雨宮ハルさんですか?」

「はい」白いシャツに白いジーンズの色素の薄い男性が言う。

「二条アザミという女性を探しています」

海辺の近くのカフェで、ネットで調べた人の人づての人づてでここに辿り着いた。いつかテレビ番組で、3人挟めば誰にでも繋がる、という特集をしてた気がするが、こうも2週間足らずで見つかるものだろうか。

ガセか、罠か。後者なのかもしれない。

左手が欲しいが為の。

「確かに二条さんなら、うちが紹介に入りました」

「……一度島にはいったら戻れない、というのは本当ですか」「正確には島の海域に入ったら海流の関係で出られないということです」「飛行機なら」「外部との連絡は禁止されているので」

テーブルの上で組んだ両手に力が入る。

「なぜ行きたがる人がいるんですか?」

「もともと厭世的な人が、好奇心で行ってしまうんでしょうかね」「…」「憶測ですけどね」男性が静かに言う。結婚指輪をしているので、島の外で家庭があるのだろう。もともと内部の人間なのか、仕事で案内しているのかは分からないが。淡々としていた。

「後追いも多いです」

「後追い」

「……自殺を考えて島に行った人の後を追って、自分も行ってしまうということ」

アザミが?

「……」「どうしますか?」「えっ」「雨宮さんは、二条さんの後を追われますか?」

「警察に届けても良いですか?」もしかしたらもう戻れなかったり生きて帰れなかったりするかもと思いながら半ばやけっぱちで答えた。友達や家族にはアザミの行き先を探しに行くと伝えてある。詳細を書いた手紙を家や職場に複数用意しておいた。もし私に何かあったあとで、発見した人に読んでもらえるように。

一呼吸おいて彼が言った。

「国が絡んでいるので警察は動きません」「なんですって?」眉間の皺を隠せない。

「これ以上はお話出来ません」「……」

「行かれますか?」

目があう。青みがかった黒い目がこちらを見つめている。威圧的ではないのに脂汗が滲んだ。

「………………一晩考えてもいいですか」


その晩は近くの小さなホテルに泊まった。

須磨海岸に似ていた。高校のラクロス部の合宿でこっちの学校に来ていた時に、少し行ってみた事がある。当時のアザミは赤みがかった茶髪で、易怒的だった。今では丸くなったものだ。

潮騒の音が昔のことを色々と思い起こさせる。うちの親が離婚しそうになったときに私が家出して、しばらく泊めてくれたのもアザミの家だった。優しかった彼女のお母さんは数年後に脳の癌で若くして亡くなってしまった。

大学は別になって、彼女は音大の声楽科、私は商学部に入ってたまにバイト先のお店に歌を聴きに行ったりした。年上の彼氏が出来たらしく2年の間に雰囲気が変わったのを覚えている。慣れたけれど、当時は妙な違和感があった。

卒業してから就職先が彼女の職場の、ボイストレーニングのスクールの近くになって、夜よく遊びに行くようになって今に至る。何軒か掛け持ちで毎日歌いに行っていた。

時々青白い顔をしている時期があったが、彼女は生理だからと言って心配をさせようとしなかった。体調に関わらず、消えたい消えたい、を連呼するのはあったが。一音ずれた、消えたい、ピーマンがしなびた、消えたい、などと言うので聞き流していた。

お母さんの命日近くになるとさすがに心身ともに落ち込んでいるのが分かって、映画を沢山借りてきて2人で観て過ごした。

大人になってから、アザミの愚痴や怒りはほとんど聞いた事がない。寝ても覚めても歌っているような人だった。それ以上に優先するべきものはなかった。一番長い時間を過ごしていた私も、歌に比べたら毛のほどだ。比較するようなものではないとは思うが、ちぇっと思うことはたまにあった。

「…………………………」

長い空白に包まれる。

少しずつ腹が立ってきていた。本気で消えたくなる程の何かがあったのなら、相談してくれたっていいのではないか。酷い仕打ちなのでは?あるいは、話をされるほど信用もされていなかったのかもしれない。もしくは、誰にも言いたくなかったのかもしれない。言いたくても言えなかったのかも。問い詰めたい。


本当に、行ったら帰ってこられないとしたら。何もかも捨てられる?どんな所かも分からない。人づての、しかもネットの情報など当てにはならない。生きていける?そして、もし、もとに戻れないのだとしたら、アザミに会ってもどうすれば良いのか。


それでも、気持ちは抑えられなくなっていった。

主に怒りだった。

わたしは、自分で思っていたよりも怒っていた。その事に少し自分でもびっくりしていた。

直接会って問い詰めたい。

なじってやりたい。

こんな勝手な事をしたことを。心の底から謝らせるまで。握る手にぎゅっと力が入る。頬を熱い涙が伝い、冷えて顎先から滴る。怒りだけではない。複雑な感情が入り混じっている。そんな事は百も承知だ。