太もも二の腕脂肪吸引日記

水の森美容外科での太もも臀部含む及び二の腕の脂肪吸引の記録、備忘録、日記、短編小説、などなど。

リンネとレンサと骨ヒトデ

渚の手からみつばがぱらぱらと舞いお椀に落ち、香りがのぼった。

お正月にひとり、雑煮を作っている。澄まし汁に丸餅、かまぼこ、人参とごぼうのささがけ、上に柚子のひとかけらとみつばが乗る。

おせち料理など作る気にはなれず、テーブルの上には雑煮、スライスしたトマトしか並んでいない。

梨沙が死んで2ヶ月だった。

原因はわからなかった。ある日目覚めたら隣で息を引き取っていたのだ。

過労だとか薬物だとか心臓マヒだとか色々と周りから言われたが、どれも決定的なものではなかった。

一時は殺人の疑いまでかけられ、後追いしようかと思ったほどだった。

まだその気持ちも残っている。

騒がしいなかで病理解剖も奨められたが、迷っているうちに彼女の両親が断った。私がついていて間違ったことになるはずがない、と言われて外で泣き崩れたような記憶がある。1ヶ月ぐらいのことはあまり覚えていない。

ぼんやり座っているうちに食卓はすっかり冷めていた。


梨沙の机を触わるつもりはなかったのだが、ドライバーのセットを捜していてたどり着いてしまった。

机の上は乱雑に散らかっている。机周り以外は渚がふだん掃除していたが、彼女はいわゆる片付けられない女だったので物が乗り放題だった。おかげで持ち帰りの仕事はすべて渚の机でしていたのだった。

仕事用のガラス食器に関する資料、色々な明細書、仕事用の文房具、趣味のふざけた文房具、中途半端に使い残した化粧品、もらい物のポーチ、貸したままだった本、小銭、お菓子の缶、アクセサリーの入った大きめのケース。

そのケースの上にさらに器用に色々積んであり、触るとすぐ崩れるだろう。

ぱっと見はドライバーの姿は見当たらない。

しかしそれが無いと加湿器の奥の方のフィルターを交換出来なかった。3年は持ちますよと言われたのに1年で寿命が来たようで、交換時期を合図するランプが点滅しているのだ。

乾燥していると咳が出て止まらなくなり、眠ることも難しくなるので昼間のうちになんとかしなければ。

仕方なく整頓を始める。すぐ飽きてしまった美顔用のスチーマーの説明書をのけたところで、手のひら大の平たい紙箱が現れた。

なんとなく手に取ると、カラリと小さな音がした。腕時計をつけるのもうっとおしがっていたのにブレスレット?と思いながら開けてみると、どうも石に似ていた。

「???」

小首を傾げる。化石や原石も好きで、小さな石が引き出しの中に沢山入っているのを知っていた。

側の窓から風が少し入りレースのカーテンが揺れる。手元に影を落とし去って行った。

それは星型で、それぞれの脚は細くて、乾いていて、白くて、細かくボコボコとしていて、なんだかよく分からなかった。なんだこれは。


ドライバーは無かった。

そのうち昔のアルバムが出てきて、しまった、と思った。久しぶりに梨沙の写真を見てしまった。

大分前に海へ行った時のものだ。

最初は近くの海で良いやと言っていたのに、妙なテンションでレンタカーを借りて高知まで行ってしまった。

しかも天気は大荒れで、海に面した街道沿いは、走っている時にバシャーンバシャーンとバンパーに波が打ち付けたので顔を引きつらせながら走ったのを覚えている。

彼女は運転出来ないので、その晩の私の疲労たるやものすごく、小さな民宿のような旅館で食べるだけ食べてすぐ寝てしまった。

朝になると空は白く明るくて、小雨が時々舞う中を、傘をさしたりささなかったりして2人で穏やかに浜辺を歩いた。


そこで拾ったものだ。これは。

星型のこれはあのとき拾ったものだ。

「ヒトデの骨だね」嬉しそうにタオルに包み梨沙はそう言った。正直あまり良いディテールとは思えなかった…好みの問題とは思うけれど。


ともかく、化石ではなくヒトデだった。インパクトが強いのに何故忘れていたのだろう。

眺めながら夜までぼんやりと過ごし眠りに就いた。


妙な夢を見た。

ヒトデの骨を海にひたすと海水を吸って膨らんでいき、みるみるうちにヒトの大きさになって、それは梨沙になったのだった。

海の中へ手招きされるがままについて行ってしまう。泳ぐというよりは歩く感覚に近かった。周りを小魚の群れが、それを追うイワシのような少し大きい魚の群れ、タコやエイや、イルカやシャチが泳いで行き、いつの間にか海面が高い天井になっていてもう地上には簡単に戻れなさそうだった。


夢だという事には気づいていて、だからこそ、このままでもいいかと思えてしまう。

海藻と珊瑚でおおわれた丘の上に立ち彼女はこちらを見ていた。

「梨沙」

答えない。

「梨沙!」あと数メートルなのに水の抵抗が強くてなかなか近づけなかった。

こちらを見つめたまま返事はなかった。ただ、困ったように笑った。

喋られないのではないか?と思い、やっとのところで隣にたどりついて、彼女を抱きしめた。

「渚」

ひどく懐かしい声が耳に届く。

「……梨沙」頰が熱くなる位涙が伝っているのに気づいた。

「梨沙」

「急にごめんね」

「……」

「死んじゃって」

言葉に詰まる。

「昇天するなーと思った時になんかにしがみつけないかと思ったらヒトデの骨だけ上手く行ってさあ」

「なによそれ……」梨沙が笑うので合わせようとするが、口元が歪んで声がうまく出ない。「ひどいよ…………」そんなつもりは無かったのに思わず責めてしまった。

「ごめんごめん」背中をなでられた瞬間堰を切ったように嗚咽が出た。


「なんで?」強い口調しか出てこない。こんな風に言いたかった訳ではないのに。

「わからない」口をすぼめて彼女が言う。おどけた振る舞いをされて、余計に感情が逆撫でされる。いつもならここは仕方なく折れて笑うところなのに。

「でも、渚とまだ話したかったから」

「……りさ」舌が回らない。

「ちゃんと食べて、眠ってね」

「…………りさ」

「長いこと、生きてるか死んでるかわかんない感じに見えるから、こっち来ないでねって伝えたかったの」

「そんなの…」

「渚が決めても、わたしが止める」少し茶色がかった大きな眼に自分が映る。視線を浴びているうちに息が苦しくなった。

「大好きだよ」「そんなの」途切れ途切れにやっと口に出せる。「私もに決まってるじゃない!!ばか!なんで!なんで……」泣きながら叩いていた。「なんでなの…………」もたれかかると髪の先がチクチク顔に触れる。

「ヒトデ」「えっ」

「わたしだと思って大事にしてね」「えっ……」眉を下げながら彼女は笑い、手を振っている。

「お盆の頃にまた来るから」胸が苦しい。「そしたら2人で海を見に行こう」


視界が白い。

湯船の中にいた。

すごい勢いで顔を上げると、入浴剤の色がついたお湯が目と鼻と口に入っていて、激しくムセながら自分がお風呂に入っていたのに気づいた。

睡眠薬のシートとペットボトルが側に置いてあり、自分が何をしかけていたかやっと思い出して来た。

膝のあたりに目をやると、例の骨ヒトデがプカプカ浮いている。


お風呂から上がり、タオルでヒトデを包んで居間のテーブルに置いた。

夢なのは分かっているのだけど。

次の約束まで半年以上ある。

さっきの約束を守らないときっと来てくれないだろう。ルーズな所がある一方で2人の間の決め事にはしつこかったから。


とりあえず空腹を満たすことにした。


台所には餅の残りしかなくて、茹でて砂糖をかけてみる。白い皿に乗せてヒトデと並べるとシュールでちょっと笑けてきた。


不味い。


明日は朝一でスーパーに行く決意をした。